ネットで人を好きになること

　私は、ネットでわりと簡単に人を好きになる傾向がある。もちろん、言葉を一言かわしただけで即惚れるとか、顔写真を見ただけで「イケる！」って思うとか、そうゆうバカな話ではなくて――それはそれでよくあったりするのだが（苦笑）――、メールやチャットなどで親しくするうちに恋愛感情を抱いてしまうことがわりとあるという話である。
　顔も知らないような相手を好きになる。こんなこと、リアル（実生活）ではまずないことであろう。実際、そういう話を友だちにすると、「一時的な感情じゃないの？」とか「疑似感情なんじゃない？」と否定的意見をもらうことが多い。なるほど確かにそうゆう側面も否定できないとは私自身も思う。が、しかしだからといって、この胸の高鳴りをそうやすやすと捨て去るのも、それはそれで忍びないではないか。私とて理由もなく人を好きになったりはしないわけで、誰かを好きになるからには、その「誰か」には私がどこか心ひかれる何かがあるハズなのだから。
　ネットは秘密性の多いメディアである。電話線の向こうにいる“人”――彼が本当に実在する人物であるのか、確かめる手段はないが――の情報が完全にそろっていることは稀である。名前を知らない、顔を知らない、年を知らない、居住地を知らない、ふだん何をしているか知らない、何を考えているのか知らない．．．そんな知らないことだらけの相手と、お互い知っていることだけを頼りに、私たちはcommunicateしている。それは一見、穴だらけの不可思議な交友に見えるかもしれない。しかし、考えてもみると、リアル（実生活）の交友相手に対して、果たして私たちはいかほどのことを知っているというのか。名前や住所などのＩＤ情報が分かっているというだけで、彼の性格だとか、嗜好だとか、信条だとか、そういった“内面”は知らないではないか？　そう考えると、ネットでの交友もリアルでのそれも、さして変わらないのではなかろうかと思えてくるのである。
　その手段がメールであるにせよチャットであるにせよ、交友を深めるにつれ、私たちは、その相手の特定部分――よく話題にするコトだとか、相手の話し方・考え方の特徴だとか――については詳しくなる。その一方で、知らない側面は依然として知らないままである。そんな“濃淡”ある相手像を、我々は「想像する」ことによって解決する。想像とは、言い換えれば、自分が理想とする像を当てはめることである。そうやって「継ぎはぎ」をされた、私の心の中にでき上がる“相手像”は、たいへん魅力的に見えて当然ではないか。かくして、私は彼に惚れる。
　ネットでの交流は、いろいろな条件面で「限定」されたモノである。その限定性が、私の執着心を駆り立て、足りない部品を「理想」で埋めてまで、相手像を得させようとするのかもしれない。
　恋。それは狂気であり、妄想である。
(2000-10-17)