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人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い。
(中島敦『山月記』)

精神障害と刑法

 猟奇的犯罪――この記事を書いている01.6.12現在だと、附属池田の事件など。“異常犯罪”という表現は誤解を招きやすいので、敢えてこの表現にしておく――が、近ごろ新聞などをにぎわせている。世間の批判も激しいようで、それはまあもっともだと思うのだが、一つ気になることがある。それは、これら批判に共通している誤解である。すなわち――「精神障害者は罪を犯しても処罰されない。人を殺しても死刑にならない」―― なぜこれが誤解であるかといえば、一面では真であるが他面では偽であるからである。その刑法上の理論を、私自身の復習も兼ねて、記してみたいと思う。
 まず基本としてあるのは、刑法第39条である。
刑法第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
 「心神喪失者」および「心神耗弱者」とは何か。刑法学的に言うと、前者は「精神の障害により事物の理非善悪を弁識(≒認識。筆者注)する能力なく、またはこの弁識に従って行動する能力のない状態」であり、後者はその能力欠落がそれほど「欠如する程度に達していないが、その能力が著しく減退した状態」である。(大判昭6・12・3) 要するに、善悪の判断能力(あるいはその善悪判断に従って行動するだけの能力)が_無く_なっている状態の人が心神喪失者であり、無くなってはいないものの_著しく減退_している状態の人が心神耗弱者である。具体的には、精神障害者、病的酩酊者などがこれらに該当するとされる。
 刑法典は、これらの人々を「罰しない」あるいは「刑を減軽する」としている。なぜか。端的に言えば、これら人々が責任能力を有しないからである。責任無能力者(=責任能力を有しない人)としては他に刑事未成年者が挙げられる。(責任能力に関しての詳細はここでは省く。)
 それでは、責任能力のある人(例えば、健常な成人)が、この39条の悪用を意図して自らを責任無能力状態に陥れ(例えば、自分は酔うと人を殴る習癖があることを知りつつ、それを逆に利用して恨みを晴らそうと考え、自ら酒を飲み酩酊に陥って)、犯罪結果を生じさせた場合どうなるのか。それが、例えば今回の附属池田の事件などである。このような場合、杓子定規的に考えると、行為者は心神喪失ないし心神耗弱状態に陥っているわけだから、無罪あるいは刑の減軽となってしまう。しかしそれは常識的に考えて当然おかしい。この問題への対処として、判例において採用されているのが「原因において自由な行為の理論」である。
 これは簡単に言うと、犯罪行為の時点においてたとえ責任無能力であったとしても、その原因となった“自己を責任無能力に陥れる行為”(上の例で言うと、己の悪癖を知りつつ酒を飲む行為)の時点で責任能力があれば、免責されない、すなわち39条は適用されないとする理論である。これは刑法上の「行為=責任同時存在の原則」に対する例外であるが、判例・通説いずれも、上記のような悪質な例に鑑み、これを肯定している。
 したがって、例えば今回の附属池田の事例のように、「障害者の犯罪は処罰されないんだ」と思いこみ、その悪用を狙って自ら責任無能力状態に陥った上で――例えば向精神剤を多量に服用して錯乱状態に陥るなどして――犯罪を犯したとしても、無罪とはならないのである。哀れなものであるが。
 さらに付け加えると、行為者が行為時において、この責任無能力状態、すなわち心神喪失もしくは心神耗弱の状態にあったかどうかの判断材料として、精神鑑定が行われることが往々にしてあるが、あれはあくまで“判断材料”であって、判断ではない。すなわち、行為者が心神喪失ないし心神耗弱であったかどうかを最終的に判断するのは、あくまで裁判官であって、例え鑑定で「精神異常であった」と結果されても、裁判官がその判定を是と判断しなければ、あくまで責任能力は肯定され、39条は適用されない。
 以上からしたがって、精神障害者であろうとも、罪を必ず免れるとは言えないというわけなのである。

ちなみに、この刑法第39条の問題点を扱った映画作品として『39 刑法第三十九条』がある。興味のある方はご覧あれ。
※ なお、厳密には責任無能力者とは心神喪失者(および刑事未成年者)を指し、心神耗弱者は「限定責任能力者」なのであるが、本文中では簡略化のため厳密な区別はしなかった。
(2001-06-12)
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