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人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い。
(中島敦『山月記』)

ネットの匿名性

 よく、「ネットは匿名の世界だ」と言われるのを耳にする。ネットで身分を隠すのは簡単だ。何でもできる…と。これについて、ウンチクをたれてみようと思う。
 ネット上における「匿名」には、2種類ある。物理的な「匿名」と社会的な「匿名」である。前者は「あなたがどのコンピュータ(を利用しているユーザ)であるか」を隠すこと、後者は「あなた自身が誰であるか」を隠すこと、である。
 ネット上で物理的に「匿名」たること――「あなたがどのコンピュータ(を利用しているユーザ)であるか」を隠すこと――は、実は困難である。掲示板に書き込むとたいていの掲示板では――CGIプログラムに依るが――IPアドレスとリモートホスト名がログに記録される。これはよく知られていることだろう。IPが記録されるのは、なにも掲示板に書き込んだときに限った話ではない。ただ単に「ホームページ」を閲覧した_だけ_でも、閲覧者のIPアドレスなどはサーバに送信されている。そしてこのIPアドレスから、その閲覧者がどのコンピュータであるかを判明できる。匿名プロクシを利用しても、プロクシまでの経路上にあるルータなどに必ず接続ログが残る。けっきょく、全く足跡を残さずにネットに接続することは、一般に思われている以上に難しい操作を要するのである。
 一方で、ネット上で社会的に「匿名」たること――「あなた自身が誰であるか」を隠すこと――は、いたって簡単である。もはや有名サイトと化してしまった「2ch」がその好例であろう。“名なしさん”のオンパレード。どこの誰だか分からない書き込みの氾濫。ハンドル_すら_ない世界。
 ID情報(自分がどこの誰であるか)が書かれていたとしても、それがはたして事実であるのか確認することはできない。接続ログなどを利用してあなたのプロバイダ・アカウントを突き止めた(=物理的にあなたが「どのコンピュータ」であるのかを掴んだ)としても、「あなた」がそのアカウントの実際の契約者本人であるのか、調べる手段はない。
 つまりどういうことかと言えば、ネット上においては、あなたがどのコンピュータ(を利用しているユーザ)であるかは判明できても、その「あなた」が実社会における「誰」であるかは判明できないということである。当たり前のように思えるかもしれないが、これは実は重要なことである。
 そもそもインターネットは実名社会であった。学術ネットに端を発したインターネットにおいては、実名・所属機関名を名乗る――例えば「電総研の山名です」というように――のが当然であったのである。したがって、ネットが商用化されるに及んでも、実名使用は黎明期のインターネット世界においては、いわばネチケットとでも言うべき「常識」であった。この「常識」が崩れるのは、90年代後半、ネットの商用利用が爆発的に増加して以降である。まるでパソコン通信のような「ハンドル」の氾濫。その先に待ち構えていたのが、ハンドル_すら_ない「2ch」世界だったのである。
 いまや、番号で呼び合う世界がこの世には2つある。1つは監獄、もう1つは「2ch」である。
(2001-08-14)
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